『拳銃0号』(59年)

  解説・高鳥都(ライター)

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【めくるめく拳銃の行方、
     表も裏も若手ぞろいのキテレツ群像劇】



 主人公は一挺の凶器、DIGレーベルが放つ日活レア映画復刻シリーズ2022年最後のリリースは『拳銃0号』、1959年に公開された53分の中編だ。石原裕次郎主演の『男は爆発する』の併映作として4月末からのゴールデンウィークに封切られており、若手売り出しの顔見せ映画として構成されている。
 持ち主の手を離れて次から次と……“ひょんなことから”というのは古今東西の映画をめぐる手垢まみれの常套句だが、拳銃を媒介としたカラクリ装置のような人間交差点を描く。監督は「事件記者」シリーズ(59〜62年/全10作)の小気味いいテンポで再評価ガン上がりの山崎徳次郎。新聞協会懸賞当選放送劇を映画化した『JA750号機行方不明』(59年)でデビューし、さっそく2本目の作品である。

 オムニバス形式の群像劇ゆえ、だらだらとストーリーを解説しても興を削ぐ。今回は出演者を登場順に紹介していこう。まず拳銃のモノローグは小沢昭一、「わたしはエリックのトランクに隠され、はるばると太平洋を越え、あこがれの国“フジヤマ”ニッポンに運ばれてきたのです」と己を語り……ところがモノローグは最初と最後だけという、いささか肩透かしの主人公だ。
 新劇俳優として活動するかたわら、小沢は日活と専属契約を結び、『幕末太陽傳』(57年/監督:川島雄三)などで個性を発揮。DIGレーベルからは盟友・今村昌平の監督デビュー作『「テント劇場」より 盗まれた欲情』(58年)と『西銀座駅前』(58年)の2本セットに『果しなき欲望』(58年)、『赤い殺意』(64年)、さらに『「エロ事師たち」より 人類学入門』(66年)や今村門下の磯見忠彦デビュー作『経営学入門 ネオン太閤記』(68年)と主演映画までDVD化。中平康の『地図のない町』(60年)や『現代悪党仁義』(65年)もあるぞ。こうして並べると、小沢昭一的こころのソフトメーカーではなかろうか。


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 物語の始まり、来日したてのホテルで拳銃を紛失するエリック役は岡田真澄(のち岡田眞澄)。裕次郎主演の太陽族映画『狂った果実』(57年)など日活専属俳優として重宝され、その濃い顔立ちから本作ではアメリカ人に扮した。母はデンマーク人、本人はフランス生まれ、のちに“ファンファン”という愛称でテレビタレントとして活動しただけに、外国人役も違和感なし。


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 持ち主の知らぬ前に拳銃はゴミ箱行きとなり、それを拾った屑屋、チンピラを経て暴力団のボス(安部徹)の手に。愛人のトミ(南風夕子)と情を交わした関口(待田京介)の始末を配下の健に命ずる。健を演じるのは宍戸錠、“エースのジョー”でおなじみガンアクションスターであり、DIGレーベルの日活レア映画復刻シリーズからはハードボイルド映画の極致『みな殺しの拳銃』(67年/監督:長谷部安春)が待望のDVD化を果たした。


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 さて、拳銃紛失は黒澤明の『野良犬』(49年)など刑事映画やドラマの定番だが、本作は探す側ではなく手に入れる側の物語。人から人へめくるめく……その展開は、ドレスを軸にした『運命の饗宴』(42年/監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ)を思わせる。
 この手の変わり種には、宍戸錠がゲスト出演したテレビ時代劇『おしどり右京捕物車』第25話「櫛」(74年)がある。ずばり櫛が転々とする話であり、脚本の松田司こと朝日放送のプロデューサー・山内久司によるシャレた奇想を田中徳三が淀みなくすらすら演出、本作との比較も一興だ。


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 話を戻そう。女をめぐる暴力団の分裂で何人かが死に絶え、拳銃は愛人、スリ、尼僧、孤児を経て(このあたりの都内周遊を兼ねたおもしろさは省略)、イキった不良カップル・五郎と麻美のもとに。
 五郎役の赤木圭一郎は本作が本格デビュー作。“トニー”の愛称で「拳銃無頼帖」シリーズなどに主演し、和製ジェームス・ディーンとして名を馳せたが、1961年2月14日、日活撮影所での休憩中にゴーカートの運転ミスで死亡した。享年21。赤木圭一郎のヤンチャな魅力が見出された作品で、銃をぶっ放すのも運命か。
 麻美役の丘野美子は“ミス海の女王”を経て日活専属となり、歌謡映画『星は年でも知っている』(58年)では岡田真澄とともに主演を果たす。「事件記者」シリーズにおいては東京日報のイナちゃん(滝田裕介)の恋人やす子を演じ、シリーズ第5弾『事件記者 影なき男』(59年)で新婚旅行に出かけた。日活退社後はテレビで活動し、歌手としてレコードも出している。


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 その後、拳銃は自殺寸前のバイオリニスト(浜村純)ら“ひょんなことから”の連続で最終的には義雄と和子……心中を決意したカップルのもとに。和子役の稲垣美穂子は『孤獨の人』(57年)で皇太子の恋人を演じるなど日活で活躍したのち、俳優座に移籍。65年には日活の助監督(当時)であった丹野雄二と結婚した。
 陰気な青年・義雄に扮する川地民夫は『陽の当たる坂道』(58年)でデビュー。クレジットトップの主演ながら本作の見せ場は少ないが、やがて日活が誇る不良青年俳優へと成長。DIGレーベルからは無軌道ド傑作『狂熱の季節』(60年/監督:蔵原惟繕)がDVD化されている。


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 53分の結末は明かせないが、とっくにネタバレしたように小沢昭一ボイスの拳銃ひとり語りで締めくくり。さきほど書きこぼしたが、小沢のもうひとつの代表作といえば『競輪上人行状記』(63年/監督:西村昭五郎)、続く日活競輪映画『人間に賭けるな』(64年/監督:前田満州夫)でも当初は主演に想定されており、そこで八百長選手を演じたのが川地民夫。なんということでしょう。いささか以上の陰謀論めいたこじつけだが、きれいにDIGレーベル的映画史観が円環するではないか。


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 『拳銃0号』の脚本は寺田信義、米谷純一、前田満州夫と3人がかりの共同。ハードボイルドから慈善奉仕、享楽的な若者たちの生態、社会派貧乏譚、心中寸前の悲恋まであらゆるジャンルの断片をオムニバス形式で放り込む。
 寺田信義は中央大学法学部在学中に学映協(全国学生自主映画製作協議会)に参加し、その縁から『ともしび』(54年/監督:家城巳代治)で脚本家デビュー。同作の脚色を担った井手俊郎に師事して日活と契約を結び、川島雄三の代表作『洲崎パラダイス 赤信号』(56年)を井手とのコンビで執筆する。当時20代の若手ライターらしく『美しき不良少女』(58年/監督:森永健次郎)や赤木圭一郎の初主演作『素っ裸の年令』(59年/監督:鈴木清順)などを託された。いっぽう独立プロ作品も執筆し、共産党系の論客として日本映画復興会議(初代議長:今井正)の一員に。60年代に入るとテレビに主軸を移し、70年代以降はシナリオ作家協会の常任理事として活動した。
 『シナリオ』1959年5月号の日活特集に寺田は手記を寄稿しており、ちょうど『拳銃0号』の舞台裏について書かれている。それによれば共同執筆者であるシナリオ研究所一期生・米谷純一のプロットをもとにした脚本であり、米谷が師事した鈴木岬一のアイデアからヒントを得たものという。監督の山崎徳次郎も「あくまで画面的な視覚性で描いていきたい、文学的なものではなく」とプロットにノッた上で、「若さの激しいぶつかり合いだった」と寺田が記すように、みずからの意見を出してディスカッションが行われた。


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 米谷純一は国会図書館などの勤務を経て、シナリオ研究所に学び、本作でデビュー。初の映画化がゴールデンウィーク公開という幸運をつかむが、そこから日活の仕事は続かなかった。師匠の鈴木岬一と新東宝の『女と命をかけてブッ飛ばせ』(60年)を共作し、やがて「六本木族」を題材にしたピンク映画の先駆け『肉体市場』(62年)を発表する。
 その後はテレビドラマや同和教育映画を手がけつつ劇団の作・演出を務めるが、バブル絶頂の1990年、新右翼のカリスマ野村秋介が企画・監修した任侠大作『斬殺せよ 切なきもの、それは愛』(90年)で映画に復帰。二・二六事件を題材にした新浪曼派の監督・須藤久による情念たっぷりの初稿「昭和燃ゆる秋」を再構築した。野村の盟友である実業家・盛田正敏のサムエンタープライズで未映画化企画「ザ・悪童」を執筆した縁からの合流であり、これが米谷にとって最後の劇場用作品となった。


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 3人目の脚本家・前田満州夫は本作のチーフ助監督。先の寺田の手記には登場しないが、「わたしなりのイメージも湧いてきましたし、まだうんとよくなる気がするんです」とホン直しをリクエストした山崎の意向で加入したのだろうか。その後、前田はデビュー作の刑事もの『殺人者を追え』(62年)で才気を見せ、前述の『人間に賭けるな』ともどもDIGレーベルからソフト化されたばかりだ。
 3人の共作シナリオを得た山崎徳次郎の演出は、いささか習作のきらいもあるが、サスペンスフルにカメラを傾けたり、淫靡なダンスシーンで細かいカットを連ねたりと、新鋭らしい意欲は満点。本領発揮の「事件記者」シリーズでもタッグを組んだ三保敬太郎のジャズが奇妙な道行きを盛り立てる。山崎徳次郎しかり、赤木圭一郎しかり、すかさず来たるブレイク前の“人に歴史あり”として『拳銃0号』を見るのもいいだろう。それだけの映画史的価値がある。


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 三保敬太郎もまた本作が初の劇映画、当時日活で音楽事務を担当していた大西俊郎のブログ「愛・青春 映画日記」に音楽録音の様子が書かれているので紹介しよう(このブログ、今回のリサーチ中に知ったが、山崎徳次郎のデビュー作『JA750号機行方不明』のエピソードなどもあり、めっぽう読ませる)。

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 拳銃が転々とする群像劇といえば、もう1本。藤田敏八監督、沢田研二主演による『リボルバー』(88年)がある。日活あらため「にっかつ」が17年におよぶロマンポルノを打ち止めてスタートさせた一般映画路線「ロッポニカ」の作品であり、奇しくも競輪映画という側面から当サイトの『人間に賭けるな』の解説文で取り上げたばかりだ。
 さて、『リボルバー』はロッポニカ最後の作品となったが、われらが日活レア映画復刻シリーズも『拳銃0号』で弾数はゼロ、2022年をもってひとまず打ち止め。ご愛顧ありがとうございました。まさに“ひょんなことから”セレクトを託されて『ある脅迫』より『拳銃0号』まで合計8本、よくぞ商品化してくれました。あれこれ掘り起こしてきたDIGレーベルの執念に感謝!
 最後に歴代デジタルライナーノーツのリンクを貼ってフィナーレとしましょう。『人間に賭けるな』以外はスチールゼロの硬派なテキスト至上主義だが、文字は読みやすくなりました。気になる作品があれば、どうぞDVDでご鑑賞ください。では、また逢う日まで、ごきげんよう。

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