『殺人者を追え』(62年)

  解説・高鳥都(ライター)

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【幻の名匠・前田満州夫の団地サスペンス、
             そして妻からの手紙】



 映画監督という職業は、みながみな全うできるものではない。むしろ、さまざまな理由から継続しない例のほうが多い。前田満州夫もそのひとり。日活の助監督を経て『殺人者を追え』(62年)でデビューし、『駆けだし刑事』(64年)、『人間に賭けるな』(64年)、『落葉の炎』(65年)まで計4本、「いずれも傑作ぞろいで、その才気はいかんなく発揮された」(西脇英夫)とキネマ旬報の『日本映画監督全集』で評価されるほどであったが、その後はプロデューサーに転じた。
 近年、名画座での上映によって“幻の名匠”としての再評価が高まっている前田満州夫、まずは団地を舞台にしたサスペンス『殺人者を追え』がDIGレーベルよりDVD化。先ごろもラピュタ阿佐ヶ谷の特集「はじめの一歩 映画監督50名の劇場デビュー作集」で選ばれたばかり、われらが「日活レア映画復刻シリーズ」のラインナップとしては申し分ないだろう(続いては泥沼ギャンブルの異色作『人間に賭けるな』が待っている)。

「殺人者」と書いて「ころし」……『殺人者を追え』は、日活の若手スターとして熱血ぶりを見せた小高雄二と小市民を演じさせたら随一のベテラン俳優・織田政雄が96時間の“張り込み”を続ける刑事もの。アルフレッド・ヒッチコックの『裏窓』(54年)や松本清張×野村芳太郎の『張込み』(58年)を思わせる設定であり、のぞき見るというのは視覚文化としての映画に最適だ。
 逃亡中の現金強奪殺人犯が情婦のもとにやってくるのではないかと、マンモス団地の向かいから刑事コンビの監視が始まる。やがて強奪金を狙う3人組(加原武門、野呂圭介、井上昭文)が別の部屋を乗っ取り、蒸し暑い夏のニュータウンを舞台に同時並行のドラマが続く。
 見る側、見られる側……多視点による才気あふれるショットの連鎖と、折々に繰り出される長回し撮影の組み合わせがスリル、メリハリを醸造する。組み合わせといえば、横浜・北原団地のロケーションと室内セットの併用……向かいの部屋まで入れ込んだ“セットでしかなし得ない”リアルを造形した美術(横尾嘉良)と撮影(萩原泉)の協業も見事。視線の先に佇む情婦を演じた上月左知子の、はかなげな存在感よ。わずか71分の濃密な団地サスペンスだ。

 強情な数馬(小高雄二)と老練の宮下(織田政雄)、ふたりの刑事の会話劇も見どころであり、価値観の違いや幼稚園の先生(香月美奈子)と数馬との亀裂が描かれる。張り込み劇に必須の食事シーンでは“チキンラーメン・ニュータッチ・温めん”が登場。本作撮影の前後、1962年8月に売り出された商品だ(チキンラーメンそのものは58年に発売開始)。台本に即席麺のシーンは出てこないが、日清食品とのタイアップだろうか、チキンラーメンの宣伝カーまでもが団地を横断。捜査の外に中にと、昭和文化の断片が散りばめられている。
 盗聴、尾行、垣間見える日常の裂け目……そして終盤の怒涛。非常警戒が敷かれた団地で白昼のバスジャック事件が発生する。それまでの密室劇から一転、『狂った野獣』(76年)の渡瀬恒彦に先駆けた体当たりアクションを小高雄二が披露、日本バスジャック映画史に残る作品としても見逃せない。

 「ありそうでないのがカネだよ……」「それもカネさ。カネさえあれば、すべて解決できるんだ……」。資本主義の原点を鋭くえぐるのは、刑事映画の定番。“とある事情”を抱えた犯人の動機に、いまやタブー視の時代背景が迫る。そんなつぶやきを続ける宮下刑事の“おやじさん”キャラも、お約束の相棒ながら俳優の実存とともにしなやかな個性を映画に与える。
 『黒い画集 あるサラリーマンの証言』(60年)など地べたの役を演じさせたら絶品、多くの映画で庶民ぶりを見せつけた織田政雄の最後の出演作は刑事ドラマ『特別機動捜査隊』第362話「車椅子」(68年)。盲目に片腕などハンディキャップを持つゲストを起用して話題を集めた同作らしく、病気療養中だった織田政雄あらため織田真佐男は車椅子に乗っての出演で復帰を果たした。
 『殺人者を追え』の脚本は日活アクションのベテラン監督・古川卓巳と各社で娯楽作を手がけた若井基成の共同によるオリジナル。過去作から堂々と設定をイタダキつつ意欲あふれる新人監督の門出を支えた。“書ける”監督であった古川は石原慎太郎原作の太陽族映画『太陽の季節』(56年)などの脚本も執筆。本作ではバスジャックを扱ったが、偶然にも古川卓巳の息子・岩崎純も刑事ドラマ『大都会PARTⅡ』の第52話「追跡180キロ」というバスジャック回で監督デビュー。その後は石原プロのプロデューサーを経て、石原伸晃の秘書となった。

 音楽は『シン・ウルトラマン』(22年)で再注目されている宮内國郎。東宝や円谷プロの特撮作品で知られる宮内の激レア初期作であり(クレジットは宮内国郎)、ジャズをメインに焦燥を引き立てる。「ソフト化不可能の問題作」と噂されてきた『殺人者を追え』はDVDより先にディスクユニオンからサントラが発売されており、そちらに聞き惚れるのも一興である。
 それにつけてもディスクユニオンのCINEMA-KANレーベル、本作だけでなく菊池俊輔の『犬神の悪霊』、渡辺岳夫の『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』ほか、次から次へと思いがけぬ音源をリリースしており、驚くばかりだ。「サウンドトラック界の名画座」の名に恥じぬ仕事ぶりである。

 さて、最後に“幻の名匠”前田満州夫のキャリアをさかのぼろう。1930年佐賀県生まれ、同志社大学卒業後の54年に日活入社。助監督として西河克己や井上梅次らにつき、拳銃が主人公という異色オムニバス『拳銃0号』(59年/監督:山崎徳次郎)では寺田信義、米谷純一とともに共同脚本を担当した(奇しくも12月2日にDIGレーベルよりDVD化)。
 1962年に『殺人者を追え』で劇場デビューを果たすが、その前に『ジェット航空団』(61年)という中編を演出。これは防衛庁航空幕僚監部の企画によるPR映画で、若きパイロットたちの活躍を描いたもの。『殺人者を追え』で3人組に団地ジャックされる家族の夫役を演じた日活の若手・木浦佑三を主人公に金子信雄や二本柳寛が脇を支えた。これぞ掛け値なしに幻の作品だ。
 前田満州夫は4本の劇映画を残したのち、プロデューサーに転身。日活制作によるTBSのテレビ映画『愛妻くん』(66〜67年/全52話)を担当する。第1話「男らしさ」には小高雄二と香月美奈子も出演、浅丘ルリ子と新克利の第16話「ただいまテスト結婚中」などでは監督を兼任した。
 映画業界の斜陽化、そしてTBSとの縁もあっただろうか、前田は日活を退職し“日本一のテレビ映画工場”との異名をとった製作会社・国際放映のプロデューサーとなる。自身の思い入れも強かったという『愛妻くん』を引き継ぐような1話完結のラブコメもの『恋愛術入門』(70〜71年)や昼帯のメロドラマ、2時間サスペンスほか90年代まで数多くのテレビ映画を手がけた。
 すでに故人であり、2018年1月8日に死去。享年87。今回の『殺人者を追え』DVD化にあたっては、妻の前田禎子さんからお手紙をいただいた。その文章を本稿の終わりに掲載し、もはや幻ではない名匠・前田満州夫に捧げたい。

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 満州夫が亡くなって5年が経とうとしている。それぞれ、前の結婚に失敗し、互いの存在を知った時、満州夫は46才。ジョギングを毎朝の日課とし、またテニスにものめり込んでいた。
 テレビ映画のプロデューサーとして作る作品に、満足していたようであった。若い時の結核療養が元で脊椎カリエスを患い入院生活を半年。その後、立ち直り、仕事をつづけていた。
 その頃、信州伊那への移住を考えはじめ、63才で完全に仕事を止め、東京から移転。草花を愛し、野菜作りに挑戦。俳句を嗜み、またログハウスを作るなど大工仕事にも熱中した。常に自分を律し、信条を曲げず、彼の慧眼たる所以は、人付き合いが悪いと言われることでもあった。
 40年間、伊那の風を愛し、故郷の佐賀・伊万里から移した墓に87才で永眠した。

二〇二二年十月二日 前田禎子

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日活のテレビ映画『かみなり三代』の打ち合わせ風景。
左から3人目にプロデューサーの前田満州夫(提供:前田禎子)

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