『七人の刑事 終着駅の女』(65年)

  解説・高鳥都(ライター)

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【刑事ドラマの映画化が生み出した異形の逸品を追跡する】


 昭和36(1961)年10月4日、TBS系列でスタートした『七人の刑事』は1時間もの刑事ドラマの先駆けであり、“七刑”と呼ばれる人気番組となった。赤木係長の堀雄二、沢田部長刑事の芦田伸介ら七人が事件と向き合い、社会のゆがみ、ひずみを目の当たりにする。ほぼ同時期に始まったNET(現・テレビ朝日)の『特別機動捜査隊』が警視庁協力のもと猟犬のように事件を追う非情の展開に対し、『七人の刑事』はタイトルどおり刑事たちの個性を生かし、ときに犯人への同情から「反体制的」と評される社会派刑事ドラマとなった。
 どちらも長寿番組として定着したが、東映刑事ドラマの礎である『特別機動捜査隊』が外注のフィルム撮影という強みからリマスターが施され、再放送やDVD化に恵まれたのとは対照的に『七人の刑事』は局制作のスタジオドラマ、VTR収録ゆえにほぼ原版が残されていない。60年代の作品のうち完全なかたちで現存しているのは、100回記念の地方ロケ回「乾いた土地」だけである。
 だが、ドラマのブームに乗った映画版が松竹で2本、日活で1本、それぞれ存在しており、すべて35ミリのフィルム原版だからこそ、いまだに生きている。とくに今回DVDとなった日活版こと『七人の刑事 終着駅の女』(65年)は公開当時ほとんどお蔵入りの憂き目にあいながら近年、名画座での相次ぐリバイバル上映によって再評価が高まり、よみがえった逸品だ。

 日活の製作・配給による劇映画だが、企画から完成まで実務を担当したのはノンクレジットの「民芸映画社」。沢田部長刑事を演じた芦田伸介は当時、劇団民芸(民藝)に所属しており、その縁から三度目の映画化が果たされた。企画の大塚和は民芸映画社の代表と日活の契約プロデューサーを兼任、今村昌平の『豚と軍艦』(61年)や浦山桐郎の『キューポラのある街』(62年)を送り出し、本作の監督・若杉光夫とも長らくタッグを組んできた。日活と民芸の関わりから映画界においては悪役で鳴らした芦田だが、『七人の刑事』をきっかけにハンチング帽の刑事が当たり役に。赤木係長の堀雄二も、東映の映画「警視庁物語」シリーズ(56〜64年)から刑事をやってきたキャリアの持ち主である。
 駆け足で残るメンバーを紹介すると、理性派の杉山刑事に菅原謙二、熱血漢の南刑事に佐藤英夫、いぶし銀の中島刑事に城所英夫、人情味あふれるベテラン小西刑事に美川陽一郎、若手の久保田刑事に天田俊明──本作において、そこまで個々の描写はなされないが、性格や世代など、その後の『太陽にほえろ!』に通じる刑事ドラマの基本フォーマットが構築されている。もともと『七人の刑事』と、その前身たる30分もの『刑事物語』はNHKの人気ドラマ『事件記者』の影響下にある企画であり、『事件記者』もまた日活による映画版が製作されており、近年は名画座での発掘をきっかけに小気味いいチームワークの集団劇として再評価されている(一足先に全10作のDVD化が実現)。

 さて、映画そのものに踏み込もう。『終着駅の女』というタイトルが示すように、舞台は東京の出入り口である国鉄「上野駅」。夜、16番線ホームで女性の刺殺体が発見され、七人の刑事による捜査が始まる。手がかりは「北上行きの切符」、被害者が持っていたはずの白いカバンが紛失しており、その行方と彼女の正体を求めて聞き込みを開始。まず目と耳に入ってくるのは、一種異様なドキュメンタリー性だ。生々しい映像と雑踏あれこれを際立たせた音響が、貧困に端を発する事件の人間模様に伴われ、広大な駅を主人公にした社会派群像劇が屹立する。
 そこに音楽は流れない。ドラマ版『七人の刑事』を象徴する山下毅雄のテーマ曲、あのハミングもない。──足音、汽笛、列車の軋み、駅のアナウンス、人びとの声といった現実音が87分の劇中ひたすら重ねられてゆく。音楽ならぬ「音響」でクレジットされている渡辺宙明は映画や特撮ドラマ、アニメを多く手がけたベテランだが、本作については「ほとんど何もしていないんです」と、小林淳との共著『音楽家渡辺宙明』(ワイズ出版)で舞台裏を明かしている。
 若杉光夫と渡辺宙明のコンビ作は多く、普段どおり当初は音楽を作る予定だったが「なし」になったという。ただし、劇中の現実音としてガード下で流れる曲のセレクトを任され、ダビング(音の仕上げ作業)にも立ち会ったと渡辺は回想している。本編を確認すると、旅館のシーンでザ・ピーナッツの「青空の笑顔」、喫茶店ではレコードが流れており、これらの選曲をしたのだろう。

 若杉光夫は“レッドパージ”で大映京都撮影所を追放された共産党員であり、宇野重吉率いる劇団民芸の演出部に所属。1950年代から60年代にかけては映画、舞台、テレビとジャンル無用で活躍した左翼映画人だ。『その女を逃がすな』(58年)を手始めに日活・民芸映画社のユニット作品も多く演出し、そこには吉永小百合の初主演作『ガラスの中の少女』(60年)もふくまれている。
 デビュー間もなくから「残忍なリアリズムの目」と評された若杉の個性は、『七人の刑事 終着駅の女』において遺憾なく発揮されている。シナリオの段階から「総べて、ロングショットの盗み撮りの感じで、騒音に消されて、話し声などは聞えるべくもない」と指定されており、撮影1/3・編集1/3・ダビング1/3と、ことあるごとに“音”を大切にしてきた若杉は、その実作業を担うミキサー(整音技師)を「芸術家でなければいけません」と重んじた。
 本作の「録音」でクレジットされているのは安恵重遠。音響の渡辺宙明ではなく、録音・整音を担当した安恵が本作の音を際立たせたと推測される。P.C.L.映画製作所(のち東宝)の録音技師としてトーキー草創期から活躍した安恵は、戦後の東宝争議で労働組合の書記長を務め、筋金入りの共産党員として会社側と激烈な交渉に臨んだスタッフだ。撮影の宮島義勇、美術の久保一雄と並んで「三氏とも極めて技術優秀」と評価されつつレッドパージによって解雇された。
 東宝を離れた安恵重遠は、山本薩夫や今井正をはじめ左翼映画人の独立プロ作品に参加、宇野重吉の初監督作『あやに愛しき』(56年)の録音も担当しており、劇団民芸や民芸映画社との縁は深い。雑誌『映画と音楽』の座談会では映画評論家にテクニカル面の理解を求め、岩崎昶の編著『映画 こうして作られる』(同友社)では録音の項目を執筆しており、理論派の技師であることが垣間見える。

 さらに、もうひとつ。クレジットにその名はないが、音響効果の担当者も『終着駅の女』の特異な音作りに貢献した可能性が高い。たとえば“舞台音響効果の先駆者”と呼ばれる園田芳龍は、東宝効果団や劇団民芸に所属したのち、民芸映画社の若杉作品にも関わっていた。映画のキャリアを生かし、ミュージック・コンクレートを舞台に活用したこともある。没後、玉川大学に演劇関係の資料が寄贈されており、「園田芳龍文庫目録」として残されている。果たして本作に園田は参加したのだろうか……撮影台本には記載がなく、関係者に問い合わせても判明しなかったが、音にこだわる監督のもと録音・整音と効果の技師が才を発揮したことは間違いないだろう。現実そのものだけではなくアフレコや擬音の多重性でリアリズムを構築……コツコツ、カツカツと過剰に響く足音も刑事ものにふさわしい。
 もちろん音だけでなく、画もドキュメンタリー性を引き立てる。撮影の井上莞(本名・李炳宇)は記録映画出身のベテランであり、上野駅ロケでは望遠レンズやリュックサックにカメラを仕込んだ隠し撮りを駆使して人びとを捉えた。刑事たちを追うアクティブな手持ちカメラも生々しい。若杉光夫とはデビュー作『すゞらんの鐘』(52年)からコンビを組んでおり、自身が立ち上げた蟻プロダクションで実録犯罪映画『恐怖のカービン銃』(54年)を送り出したことも。繰り返しになるが、戦後の独立プロで活動した左翼映画人が低予算の現場で培ったリアリズムの方法論が『七人の刑事 終着駅の女』の根底にある。製作担当がチーフ助監督を兼ねる合理的なシステムも民芸映画社の特色だ。

 いっぽう、脚本の光畑碩郎はドラマ版『七人の刑事』で腕をふるったメインライターのひとり。出稼ぎ問題を切り口に“地方出身者の転落”を紡ぐ。もとは松竹で喜劇やメロドラマを執筆してきた光畑だが、『七人の刑事』では100回記念の「乾いた土地」を任されるなど持ち前の“情”を生かして新ジャンルで活躍していた。本作でも事件と直接関係ない(ことが判明する)いくつかの人間模様に松竹大船調を見てしまう。本作の公開後に放送されたドラマ版の第192話「ある殺人」も光畑の担当回であり、女性の死体発見からスタート。展開こそ違うが売春を扱い、遺留品が捜査のキーとなっている。
 じつは本作と同じタイトル、ずばり「終着駅の女」というエピソードがドラマ版にも存在する。これまた上野駅でのロケを敢行、1962年10月より東北放送や北陸放送などで『七人の刑事』が放送されることを記念して、それら地方への始発駅である上野がドラマの舞台に選ばれた。原版が残っていないので詳細不明だが、本作のヒントになったと推察される。こちらの脚本は園垣三夫、何度も芥川賞の候補になった小説家・山川方夫の別名だ。

 映画の仮タイトルは「七人の刑事 終着駅の女」から「事件(やま)」に変更されて撮影が行われ、ふたたび当初の題名に戻って完成したことが台本の変遷からうかがえる。どういう事情か、人気ドラマの映画化ながら一度はその名を捨てるという判断におどろくが、「事件(やま)」のそっけなさも音楽なしの本作によく似合う。渡辺宙明いわく「若杉さんは、そういう商業感覚というのがあまりないんですよ」──当時まさしく民芸映画社の活動は停滞の一途をたどっていたが、それはさておき脚本と完成版の差異をいくつか挙げてみよう。
 決定稿のファーストシーンは荒川の鉄橋から赤羽、田端、日暮里、上野駅構内へと入っていく列車の主観だが、映画本編は人であふれる駅の改札からスタート。さっそくドラマが始まる。遺体を地下の安置室に運ぶ様子と刑事が聞き込みをする駅の雑踏……静謐と喧騒を交互に映し出すタイトルバックは脚本ではなく編集で組まれたもの。遺体にコートをかける小西刑事の「なにしろ、冷えるからねえ……」という人情セリフはカットされた。概ねシナリオに忠実だが、演出によってシビアな方向に寄せていることがわかる。
 「この女、故郷(くに)へ帰るつもりだったんですかね?」「いや、わからん。そうかもしれんし、ぜんぜん違う目的だったかもしれん」「北上か……」。いったい彼女は誰なのか。なかなか身元は明かされず、家出人をめぐる複数のドラマが混じり合う。あげく刑事たちの足で稼ぐ地道な捜査とは別ラインで被害者の正体が判明し、暴力団の支配による売春人生があらわになる。

 キャストに目を向けると、日活で赤木圭一郎とコンビを組んだ青春スター・笹森礼子が連れ込み旅館で働く東北娘“ふさちゃん”として薄幸ぶりを見せつける。彼女もまた売春の沼から抜け出せずにいた。「逃げるって、どこさ逃げるの?」、同郷のチンピラ(平田大三郎)との明日を夢見て上野駅に向かうが──。奇しくも最後の出演作となった『終着駅の女』を経て、笹森はゴルフをきっかけに出会ったという実業家の雨宮司郎と結婚、「できれば量を減らしてでも女優を続けていきたい気持ちです」と婦人雑誌にコメントしていたが、長女を出産したのち家庭に専念。5年あまりの映画人生を終えた。 
 そのほかのキャストは遺留品のカバンを盗む草薙幸二郎、ヤクザの幹部の梅野泰靖など日活の映画でもおなじみ劇団民芸の俳優が多く、所轄の刑事役で出ずっぱりの大滝秀治は、のちに『特捜最前線』で演じた“おやじさん”こと船村一平を彷彿させる。声を荒げ、地に伏す……ビジュアルふくめて、もはやレギュラー刑事の何人かより目立つ。「馬鹿にするな!」と怒鳴るセリフはシナリオになく、本人の提案か、監督か、明らかに現場で拡張された役どころだ。

 行方不明の娘を探すため上京してきたズーズー弁の老婆、北林谷栄にも磁場が発生。美川陽一郎演じる小西刑事との老け役コンビネーションよ。サングラスの組長に『事件記者』の八田老人こと大森義夫、駄菓子屋のおばちゃんに『男はつらいよ』の三崎千恵子と、めくるめく脇役を見るだけで楽しい。
 とはいえ、事件の結末は悲惨なもの。大都会の出入り口で希望と絶望が交錯するストーリーだが、クライマックスでは出稼ぎや家出人をめぐる社会状況が生々しい「音響」で念押しされ、捜査本部に詰めている六人の刑事……赤城係長以外を順ぐりにワンカットで捉えた(じつに粘り強く、巧みな)手持ちショットに重なる。このあたりはシナリオになく、事件をしめくくる刑事たちの会話もカットされて、みな無言となった。「出発していく東北線、最終列車である」というシナリオの最終行と映画本編のラストをぜひ見比べてほしい。

 かくして完成した『七人の刑事 終着駅の女』だが、音楽を排したストイックな作りとカタルシスのなさ……要するに“地味な映画”だからか、日活系での全国封切りは見送られ、一部の地域のみでの公開に。反体制と目された刑事ドラマを左翼映画人がリアリズム全開で映画化した結果、むなしく埋没してしまった。さらに翌年、『太陽が大好き』(66年)を最後に日活・民芸映画社のユニット作品も終わりを迎えてしまう。ひっそり映画界の斜陽を象徴する出来事であった。
 しかし近年、知られざる傑作として熱い再評価を集めて復活。『七人の刑事』がソフトになること自体が初であり、上野駅の各所を収めた映像も、いまや貴重な昭和の記録だ。これはもう“希望”と言っていいだろう。さらなる発見が、ここから始まる──。





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