『私が棄てた女』DVD発売記念 小林トシ江×原一男 対談

進行・文:島野千尋



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日本映画史上に残る名作と言われながらも未DVD化のままだった『私が棄てた女』(1969年)。2019年9月3日、遂にHDマスターによる初DVD化が実現。
本作品で物語内でも撮影中でも過酷な人生を送った小林トシエ(現 トシ江)。過去に浦山桐郎監督の撮影現場に参加した映画監督原一男。二人が久々に再会し、浦山切郎監督への思いを語り合った。

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■厳しさから生まれたもの

原一男(以下、原):前にインタビューをさせてもらったところで(1998年に関西テレビで放送された原監督演出の『映画監督 浦山桐郎の肖像』)、結構大事なところはお聞きしたなと思ってるんです。じゃあ、今回は何をお聞きしようかと。おそらく作品を観たのは私がインタビューして以来だと思うので、21年ぶりかと思います。それで改めて思いましたけど、非常に人間を深く深く深く描こうとしているでしょ。今時、こんな日本映画ってないんじゃないかなって。

小林トシ江(以下、小林):ないですよ。だから私は大変だった(笑)。

原:今回は小林さんに意識を集中して観たんですよ。そうしたら、もう何ていうか、難しい芝居の芝居の連続じゃないですか!どのシーンも芝居も深い。物凄いものを要求されているなと、しみじみ思いました。そりゃ大変だったろうなって。

小林:浦さん(浦山桐郎監督の愛称)のダメ出しは「違う」しかないんですよ。

原:役者は芝居とか、その役を自分のものにするために「自分はこう思うんだけど、監督、これでいいでしょうか?」とか相談するでしょ。相談しようとはしたんですか?

小林:とにかく始めは「台本100回読め」と。そうすれば分かるからと。100回なんて読めるわけないですよ。でも、頑張って70回ぐらいは読みました。キャストに決まってから、毎日撮影が始まるまでの間、1日1回は読もうと思って。

原:70回って相当な回数だから、そのなかで変化というのはあったんですか?

小林:最初は何が書いているか分からなかったんですね。私、こういう生活って知らないんですよね。まったくの江戸っ子で。

原:こんなミツみたいな貧乏人じゃないんですね。

小林:まず貧乏ということが分からない。そこから始まったんですね。貧乏人ですけど貧乏じゃないんですよね。生まれたのが新橋で、親もちゃんとしてましたし。戦争にはあっちゃったんですけど、ミツほどの貧乏というのは知らないんですね。私がなぜ選ばれたかというと貧乏さを教え込んでやろうと思ったらしい。

原:オーディションはあったの?

小林:私はいた劇団(俳優小劇場)の幹部に浦山先生の奥さんの黒田絢子さんがいらして、卒業公演の時に「面白い子がいるからおいでよ」って浦山さんを呼んだらしいんですよ。それが私だったんですよ。それで銀座のホテルに来いって言うんで行ったら、浅丘ルリ子さんがいらしたんです。二人をあわせて、対照を見たかったんじゃないかと思ったんです。それからまた何日かして「撮影所に来い」と。そして何か何だから分からないうちに、忘れもしない4月4日、渋谷駅前での撮影でスタートしたんですよね。

原:浦山監督は標準的に何回テストをやって本番の撮影をしていましたか?

小林:標準的には8回ぐらいやりましたね。

原:少なくないけど、非常に多いわけでもない。初日は何が印象に残っているんですか?

小林:これで私、初めて映画やるんだと。

原:初出演ですか?

小林:初出演、初主演。

原:これは主演だもんね。映画特有の作法ってあるでしょ?すぐに慣れましたか?

小林:慣れません。

原:何が一番大変でしたか?

小林:やっぱり私はカメラの安藤庄平さんに物凄く助けられたと思う。例えば、気に入らなかったら安藤さんは絶対にカメラをまわさないんですよ。

原:えっ?だって監督が「ヨーイ、ハイ!」でカメラをまわさせるでしょ?何が気にいらないの?芝居ですか?

小林:芝居が気にいらないのか何か分からないんですけど、安藤さんのなかのミツとは違うんでしょうね。

原:えーーー!

小林:そういう時がありました。だから安藤さんがご機嫌だと「ああ、いいんだな」と思う、監督より(笑)。

原:安藤さんを浦さんは絶対に信じてるし、その安藤さんがまわさないってことは、「何で安藤さん、まわさないの?」ってなりますよね。

小林:なりますね。

原:そこでふたりの会話なんかが…。

小林:会話なんてない。ただまわせないなって。

原:ただそれだけ。凄いな、阿吽の呼吸。

小林:凄いですよ。だから私は余計にその間に入ってウロウロ。

原:具体的な指摘はない?

小林:(きっぱりと)ない。一度もなかった。

原:じゃあ、どうするんですか?

小林:自分のなかで格闘するんです。だから辛かったんです。

原:ただ格闘するとおっしゃいましたが、具体的にどうするんですか?今、OKが出なかった、どこが悪いんだろう、じゃあ、次はこういうふうにしてみようという自分なりの思考のリズムってあるじゃないですか?それをどんな風に考えましたか?何かを変えてみようとか。

小林:心持ちです。どういったらいいのかな。手を動かすとか目線を動かすとかそういうことじゃなくて、しゃべってるときの気持ちの深さとか、ここで気持ちはこういう風に言ったけど、もっとこっちのことを考えてるんじゃないかとか。

原:でも映画が初めてでしょ?初めての現場で「自分で考えろ」って言って、簡単な役じゃないでしょ・よくまぁ…(笑)。8回のテストとか。

小林:8回なんて良い方ですよ。吉岡と五反田で再会するシーンなんて、36回か38回。気が遠くなりますよ。最後なんて「どうにでもなれ!」って思ってやったら「OK!」って。そういう人なんです。

原:昨日観ながらメモしましたけど、泣いたシーンがいくつかある。そのうちのひとつが黙り込んで泣くという五反田のシーン。このいじらしさがね、観てて本当に泣いちゃう…今でも(涙ぐむ)。

小林:きっとそれを要求しただと。振り向く顔が違うとか目線が違うとか、いろんなことを言いながら36回かけてやらされたんです。

原:演じようという意識が見えちゃいけないでしょ?

小林:その役にならなきゃいけない。あのシーンが一番大変だったかな。

原:あのシーンはいじらしさというか、貧乏人の女が世の中にのし上がっていく、それもささやかなのし上がり方じゃないですか。そういう惨めさといじらしさと純粋さと…日本の貧しい女の典型。そういうミツの姿を見て、「私もお母さんもこうだったよね」と思いますもん。だから涙なくしては見れないシーンで。

小林:私は別の生活を過ごしてきたんだと思うんですよ。だから役を作るっていうことがどういうことなのか、お陰様でよ~く分かりました。今はそれが頼りですね。

原:今、そういう芝居をも求める監督ってほぼいないでしょ?表面的にある形が出来たら、それでいいって。

小林:脚本を読んだ時に、読むにはどこが大事で、このライターは何を書こうとしているのか、この監督は何を要求しているのか、接点をうまく見つけるというのか、その方法をこの映画で覚えました。

原:「覚えました」とおっしゃるけれど。撮影が終わってからしばらくして、この映画を客観的に観れるようになって、それからでしょ?

小林:未だに客観的に観れないところはありますね。よくやったなぁと思う(笑)。

■過酷な現場・残酷な浦山

原:独特のセリフがあるじゃないですか。相手に言い切るというか。人生の深淵を哲学的なセリフ、いっぱいありますね。

小林:浦山さんと山内久さんとね、浦山さんの家で何日喧嘩してたか…。

原:知ってるんですか?

小林:だって、私、浦山さんの家にいたんですもの。

―お近くにお住まいだったんですよね?監督のご自宅の近くに住むようにと。

小林:「近所に部屋が空いたから来い」って。そんなもんですよ。本当に穴倉みたいなところで。ミツが住むにはここがいいって。だけど、自分の部屋に帰っちゃうと怒るから「お前はここにいろ!」って言われて、そして、二人が喧嘩して、それに家の上に石堂淑朗さんがいらっしゃって。帰ってくると、もう滅茶苦茶。あんな怖いことはないです(笑)。

原:口角泡を飛ばずっていう感じの喧嘩をするの?滅多に見られないような。

小林:もちろん見ました(笑)。初っ端がそうだったから、わりと何があって平気でした。

原:何をめぐっての話が多いんですか?

小林:やっぱりセリフまわしの一言ですね。語尾を何にするとか。だから私には物凄くうるさく語尾を言いましたね。「そうだよ」じゃなくて「そうじゃないんだよ」とか。「ん」が入ると違うんだって。だから、その言い方を物凄く言われました。

原:これはミツのセリフじゃないですけど、ミツのキャラクター造形を見せるなかで、いいセリフだと思ったのは、「ミツは俺だ」「お前だってミツじゃないか」という吉岡のセリフ。普通の劇映画ではこういうセリフはむしろ嫌われるでしょ?ある意味で非常に観念的なセリフで、このセリフがこの映画のほとんどテーマですよね。

小林:そのセリフは浦山さんと山内さんと丁々発止…二日ぐらいやってたかな。それに安藤さんが入ったりすることがあるんですよね。

原:凄まじいね。でも安藤さんは論争タイプじゃない。

小林:でも黙って、そばで飲んでる。

原:何か言うんですか?

小林:「俺、先に帰るよ」って。

原:それだけ?安藤さんらしいと言えば安藤さんらしい。

小林:とにかく恐ろしいところでしたね。

原:それから溺れるシーン、海で。多少は泳げるんですか?

小林:私、あんまり泳げなかったんです。何回やってもうまくいかなくて、結局は溺れて助けに来てくれるシーンだけはプールで。「ガラスを通してお前のデブが撮りたいんだ」って言われて。

原:あはは(笑)。あれはガラスを通してるんですか?

小林:そうです。あれ、何月だと思います。2月の真冬ですよ!その水の中に飛び込んで、長さんとふたり、恐ろしかった。でも、やんなきゃ終わんないなと思ってやりました。だからプールからあがった時には訳わからなくなって倒れちゃいました。

原:窓から落ちる有名なシーンですが、あれはどれぐらいのところからやったんですか?

小林:2階ぐらいのところで、下にマットが敷いておいて下さったのはいいんですが柔らかすぎちゃって、首がめりこんじゃった。7回ぐらいやったかな。とうとう首が捻挫しちゃって。そんな状態の中で足を広げろって浦さんが言うから何が何だか分からないけれど。あの人、エッチだからね。

原:エッチというより、思わず股が開くという、ある女のある種のグロテスクな何かを狙っているというか、貧乏人が持っている、ある鬱屈した感じも含めて。
落ちるシーンは、スタートがかかって、ノーマル回転で途中から回転をあげてるでしょ?

小林:一瞬ハイスピードになる。

原:つまり露出のトーンが変わるでしょ?

小林:あれ、安藤さんのアイデアじゃないかな。

原:後処理じゃなくて、現場でやるわけだから、撮影のタイミングと芝居のタイミングが合わなきゃいけないよね。何回かやって、最後にされたと思ったんですか?ミツは笑うじゃないですか?

小林:何回も笑わされて。笑うのと足を開くのはこのシーンの絶対条件で。それと同時に浦山さんの感性に合わないと駄目で。

原:足を開くのは難しいものですか?

小林:怖いですよ。後ろから落ちるんですから。

原:それで落ちる直前に芝居しろって。

小林:残酷な男だ(笑)。

原:足を開くのか、笑うのかどっちが上手くいかない?

小林:笑顔じゃないかな。笑い顔がちょっと違うとかそういうのがあったのかもしれない。あんなことを今の女優さんに要求したら大変ですよね。私だからやったんだよ、と言いたくなる。

原:私たちが浦さんのドキュメンタリーを作った時に助監督の小原宏裕さん、長さん(河原崎長一郎)たちに聞いたんですが、皆、あのシーンは大変だったよ、って言ってました。皆さん、現場にいたんですか?

小林:いましたね。

原:凄いシーンをやるからってことで?

小林:あれは撮影所のセットだったから。

原:それで皆、印象に残ってるんだね。浦さんが凄まじかったって。

―加藤武さんもインタビューでそう言っていましたね。

小林:加藤さんは面白い方ですね。日比谷の地下通路で会うで口論になってからキスをする。すっごい面白い顔をするからね。何回やっても笑っちゃうんですよね。「もう一回!もう一回!」って。俺、そんなキスやりたくねえよとか言いながら喜んじゃって。凄く加藤さんには可愛がって頂いたなぁ。面白く遊んでくれた方です。



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