『ゴンドラ』が封切られた1987年は、フジテレビとホイチョイ・プロダクションによる『私をスキーに連れてって』が公開された年であり、日本がバブルへと突き進んでいた時期である。先日、映画雑誌「キネマ旬報」で〈1980年代日本映画ベスト・テン〉と題した特集が組まれ、筆者も選出に参加した。そこで『ゴンドラ』を10本のうちの1本にえらんだのだが、その際、80年代後半の日本映画を振り返って再確認したことは、バブル期特有のモラトリアムからはじき出された孤独な魂を描いた映画こそが、もっとも時代の本質を浮かび上がらせていると同時に、鋭い現在性を帯びているということだった。『ゴンドラ』はその象徴的な一作である。
「公開当時の批評のなかには、的外れなものも少なからずありました。最悪なのは『都会はだめで田舎はいい、というテーマを扱った映画だ』というもの。僕は同時代の都会と田舎を並列的に切り取っただけで、どちらがいいとかわるいとかそんな話ではまったくないのにね。それは逆に図式的なものの見方をさらけ出してしまっていると思います。
都会の風景も田舎の風景も、僕はとことん歩いて、映画が描こうとしている孤独にぴったりくる景色を探しました。あの線路は芝浦の配線で、海沿いの風景とともにどうしてもフィルムに収めたかった。それでわざわざ寸法を測って、あの線路で走らせるためのトロッコをつくったんですよ。一回の撮影のためだけに。それから、“かがり”が初潮の血がついた水着をバケツの水につけて洗うシーンは、やはり鉄工所で独自につくった縦ドリーを使用して撮影しました。ズームでは到底あの感触は出ない。“かがり”の孤独感が泡のなかにスーッと消えていくようなイメージをどうしても撮りたかった。それはなにも技巧を見せびらかしたいわけでなくて、ただ漫然と撮られた画をワンカットたりとも入れたくなかったんですね。とくに日本映画によく見られますが、場所の説明をするためにポンッと引きのなんでもない情景ショットを入れるじゃないですか。あれがとにかくいやなんです。ダサイなあって。タルコフスキーの『惑星ソラリス』の冒頭に、川のなかで藻が揺れている素晴らしいショットがありますが、全篇ああいう画で構成したかった。マイケル・チャップマンが撮影した『タクシードライバー』の夜の都会にしても、風景じたいがなにかを語っているでしょ。
僕はイマヘイ監督が創設した横浜学校(横浜放送映画専門学院、現在の日本映画大学)の出身ですが、一度、浦山桐郎監督が特別講義にいらしたことがあって、その授業はいまだに強く印象に残っているんです。浦山監督は35ミリのスチルカメラを僕らに持たせて、『4コマの写真だけで一つの世界を構築しろ』と課題を出した。テーマは“道”。ほかの生徒は普通にそこらへんの道を映してきたんだけれど、僕は噴水の水が銅像の口から飛び出るところとか、岩場のひび割れのクローズアップとか、そういう写真ばかり撮って、4コマで構成したんですね。それで浦山監督から“特A”をもらいました。つまり、僕にとって風景を切り取るということは、初めから自分の心象風景を切り取るということなんです。
学校の授業以外でも、好きなピンク・フロイドやタンジェリン・ドリームの音楽に合うようなイメージを撮りたくて、人形を血まみれにしたりビルから落としたりして、8ミリで短篇をつくりました。いまもフィルムが残っていたら、DVDに特典収録したかったけれど、あいにくどこにいったかわかりません(笑)。
だから、僕が2本目の映画を撮らなかったのは、お金の問題も大きいんです。いまお話ししたように、すべてのカットを満足のいくかたちで撮るためには、機材やセットにどうしてもお金をかけざるをえないから」
『ゴンドラ』から30余年――。伊藤監督は企図する新作とは……。
「来年オリンピックが開催されますが、最初に東京でオリンピックがひらかれた昭和39年、まさしく“道”が土からアスファルトに変わったように、あらゆることの変わり目だった当時の東京を舞台にして、一家族の姿を描きたいと考えています。まちがオリンピックで沸き立つなか、母親のある変化によって揺れ動く家族の姿を白黒で撮りたい。だからやはりセットなんかはそうとう大変だと思いますが、今度こそ実現させたいですね」
伊藤智生という表現者の「切実な主体性」が生み出した映画『ゴンドラ』。この傑作がDVD・Blu-rayソフトになることで、いつの時代にも存在するであろう孤独な魂と呼応しつづけることを願ってやまない。そして同時に、いまひとたびの「忘れがたき体験」となるべき表現の胎動に耳をすませたい。
(2019年9月収録)
『ゴンドラ(HDリマスター』DVD・Blu-ray発売記念プレゼント
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締め切り:2020年1月7日(火)