●菅原文太さんの本気の演技に感心した
——それまでの映画出演の時にも、同じようなコンプレックスを感じられていたんですか?
前川 いや、それまでの作品はちょっとしたものじゃない。1日くらい現場に行ってパッとやる、みたいなことだったからね。
——なるほど、『ルパン三世 念力珍作戦』(74年・坪島孝監督)なんかはまさにそんな感じですね。殺し屋の役でしたけれど。
前川 「ああ、やったなー」くらいしか覚えてないけど。
——あれは忘れていても仕方ないくらいの出演時間ですから、無問題です(笑)。
前川 『(昭和やくざ系図)長崎の顔』(69年・野村孝監督/「内山田洋とクールファイブ」として出演)の歌唱場面に出たりとかね、そういう短いのは結構やってたね。
——僕が強く印象に残っているのは、『トラック野郎 熱風5000キロ』(79年・鈴木則文監督)なんですが。
前川 あー、ありましたね!
——志賀勝さんとコンビを組んでいる警官・滑川役です。
前川 それって、(菅原)文太さんが凄く怒鳴り散らして、俺が「まあまあ」って感じで止めに入るような場面、ありませんでしたっけ?
——ありました。当て逃げ犯人に疑われた桃次郎(菅原)が署内で暴れる場面です。
前川 その時、文太さんの脈がえらく早かったのを覚えていますよ。
——え……脈、ですか?
前川 ええ、文太さんの胸に触った時、ドッドッドッドッって感じまして。すごく熱を入れて演じられているんだな、と感心したんですよ。
——なるほど。桃次郎のあのテンションは菅原さんの本気のものだったんですね。
前川 役者さんって、自然にサラサラっと演じる方と、一生懸命熱を込めて演じる方がいらっしゃると思うんですが、文太さんはおそらく後者のタイプだったんじゃないでしょうか……ということしか覚えてないです(一同笑)。
——えー!? 同じ欽ちゃんファミリーの志賀さんのことも覚えていないんですか?
前川 うん、確かにファミリーなんだけど……(笑)。出ていたことはボンヤリと覚えているんですが……多分それ、面白くなかったから。
——そんなわけないですよ!(笑)
●君たち、俺をいじめに来たんだな!?
前川 映画でなければ、もうちょっと面白くできたと思うんだよね。例えば、コントや芝居だと「これをこのようにやってみろ」みたいな感じで言われたらできるし、観客の反応もあるから「じゃあ、次はこう変えてみよう」なんていうこともできる。でも映画だと、「セリフを間違えるな」と言われるし、フィルムが回ると周りのスタッフはシーンとしている。自分が面白いのか面白くないのか、判断できないんですよ。それで慌ててしまったところもありますね。
——そうなんですか。
前川 あと、舞台だと〝オチ〟が決まっているじゃないですか。ならば、その〝オチ〟に向かっていくためにこうしよう、ああしよう、といろいろ試行錯誤できるし、「こういう空気を作っておこう」なんていう意識も持てるんですよ。これ、分かりますか?
——はい、芝居の方向性の話ですよね。
前川 ところが映画だと、撮影もバラバラだし、何に向かっていいかもわからない。まして、現場ではクスリとも笑わないから、後で(映画を観た人に)「面白かったですよ」なんて言われても、まるで実感がない。
——おそらくですが、当時のスタッフの方は、『欽ドン!』の前川さんのムードが欲しかったんだと思います。ただ、スタッフの方はバラエティという〝映像〟を観て判断したかもしれないけれども、前川さんにとってあの現場はあくまでも〝舞台〟だった。その齟齬が問題だったんですね。
前川 (自分の)求められている雰囲気は判るんです。こういったボーっとした感じが良いなと思われているんでしょうけど、俺、映画ではそれが出せないんですよ。現場で皆「あれっ?」って言っていましたもの。
——本当ですか?
前川 映画宣伝用のスチール写真を撮るじゃないですか。撮影が終わってホッとすると、カメラマンの方から「前川さん、今のその表情が撮影の時に欲しかったんですよ!」なんて言われたりしてね。何しろ「そのままでいいですから!」と言われても、「そのまま」ができない。それができるのは、本物の役者なんですよ。
あと、訛りも残っていますからね。
——ああ、そういう部分も。
前川 酒井和歌子さんと共演した『旅の贈りもの~明日へ~』(12年・前田哲監督)でショックだったのが、最初の撮影の後、マイクを構えている音声さんが挙動不審なんですよ。オッケーが出た後、休憩していたら、そこの横で音声さんが整音のスタッフとこそこそ「ありゃダメだろう……」なんて話しているのが聞こえてくるんですよ。
——えっ、前川さんの訛りを?
前川 うん、「ああ、俺のセリフだろうな」とピンときちゃって、そこで落ち込んじゃったんだよ。芝居やコントなら全然できるんだけど、「この演技をこうやってください」と指示されると、できないんだよなァ。
——では、映画はもうこりごり、という感じですか。
前川 ハイ!(即答して一同爆笑) 今後依頼は来ないでしょうし、来てもらっても困る!
——いや、わかりませんよ。今回の再発で、俳優・前川清にまた大きな注目が集まるかもしれません。
前川 ない! 間違いなく、恥かくだけです。そういう風に思いませんでした?
——いえ、まったく。
前川 ハハーン、君たち、こういう形で俺をいじめに来たんだな?(一同爆笑)
——そんなことないですよ、この古風で純情なジュリーのイメージは、本当に前川さんにピッタリだと思うんですよ。
前川 そういう風に言ってもらえるのは嬉しいんですけれど……でもまあ、自分としては中途半端に戸惑っている印象がありましたからね。
——でも映画というものは、観る人それぞれの中に独自の良さが生まれるんです。前川さんが演じたジュリーを魅力的だと思う人はいっぱいいますし、その人たちのために今回の再発はあると思います。なので、ここはひとつ、我慢をしていただけると(笑)。
前川 そうかねぇ……観たい人なんていないでしょうに。
——いやいや、発売決定の告知が出てから反響も大きいんですよ。
前川 でも、劇場には2人しかいなかったから。
——それ、38年前の話ですから!
前川 しつこいなァ、わかりましたよ! もう、恥をかくつもりで腹を括ります!
(2018年8月収録)