●『野郎に国境はない』The Black Challenger

  解説・佐藤利明(娯楽映画研究家)

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【マイトガイ・アキラの魅力】


 小林旭。昭和31(1956)年、日活第三期ニューフェースとして入社。同期には、二谷英明、筑波久子など日活黄金期を支えるスターの卵たちがいた。少年時代から劇団東童で子役として活躍してきた小林旭は、抜群の運動神経と、ハイトーンの歌声で天性のスター性を感じさせ、アラン・ラッドのような端正な顔立ちでデビューから大器を感じさせた。
 石原裕次郎に続く若手スターとして注目を集める直前、中平康は『殺したのは誰だ』(1957年)で抜擢。傷つきやすいナイーブさと、不良性感度をたたえた十九歳の小林旭は映画ファンに強烈な印象を与えた。
 青春映画で等身大の若者を演じていた小林旭が、アクション映画に抜擢されたのが、新人・舛田利雄がフランク永井のヒット曲を映画化した『夜霧の第二国道』(1958年2月12日)だった。ここで小林旭が演じたのはハワイからやってきた日系二世の殺し屋・ジョージ倉田。まさに無国籍ヒーローの萌芽である。その一年後、やはり舛田利雄監督による『女を忘れろ』(1959年1月28日)で、浅丘ルリ子のヒロインを、体を張って守った主人公は、ラスト、彼女の幸せと引き換えに東南アジア某国のエージェントとなる。「渡り鳥」誕生のような映画だった。ちょうどこの頃、日活宣伝部が付けたニックネームが「マイトガイ」。二枚目のレコードにしてオリジナルロック「ダイナマイトが百五十屯」に因んでのこと。
 ここからマイトガイ・アキラの快進撃が始まる。タフガイ・石原裕次郎と両輪で「日活ダイヤモンドライン」路線を牽引していく。「渡り鳥」「流れ者」シリーズは、作品を重ねるごとにエスカレート、無国籍映画、和製西部劇と称され、日活のドル箱となった。スタントマンを一切使わないアクション、民謡と洋楽をミックスさせた「アキラ節」を次々とヒットさせ「なんでもあり」の活劇ヒーローは、少年や若者に大人気となる。
 アクション路線が下火になった昭和30年代末も、アキラは「賭博師」シリーズなど、次々とシリーズ映画に主演。常に無国籍ヒーローであり続けた。

【中平康+小林旭=究極の無国籍映画!】


 中平康と久しぶりにコンビを組んだのが1965(昭和40)年。それまでモノクロだった「賭博師」シリーズの6作目にして、カラー大作となった『黒い賭博師』(1965年8月1日)だった。時はあたかも007シリーズによるスパイ映画ブームが席巻。それまでギターを持った渡り鳥タイプのヒーローだった主人公・氷室浩次(小林旭)が、おしゃれでダンディ、まるでジェームズ・ボンドのようなキャラクターにリニューアルされた。中平康のモダンな演出、アキラの超絶アクション、ヒロインの冨士真奈美のエキゾチックなお色気。コミカルな展開も含めて、ここから「黒い賭博師」シリーズへと転換。
 この『野郎に国境はない』(1965年11月13日)は、007シリーズを意識したI .C .P .O.(国際刑事警察)のエージェント、辺見真介(小林旭)が国際偽ドル偽造団の陰謀を追って、パリからバンコック、そして東京をまたにかけて大活躍する。理屈抜きの娯楽アクション。原作は山村正夫「墓場に国境はない」。当初のタイトルは「国境のない男」だった。つまり、マイトガイ・アキラの「無国籍ヒーロー」を前提にしての「国境のない男」である。
 なので、米山正夫作詞・作曲の主題歌も「無国籍者の唄」(1965年12月1日発売)「バババババー」とイントロからアキラのスキャットならぬコーラスで始まる。作詞・作曲の米山正夫といえば、美空ひばりの「りんご追分」「津軽のふるさと」、そして和製ロックの最高傑作「ロカビリー剣法」などを手がけたヒットメイカー。当時の歌謡界に置いて、洋楽に目が届き、抜群のセンスでポップソングを生み出していた。のちに、一世を風靡する「ヤンマー」のC Mソング「赤いトラクター」も、アキラと米山正夫のコンビ作。
 日活宣伝部によるプレスシートには「(前略)時限爆弾、赤外線望遠鏡、ライフル銃、超小型好感度マイク、高速道路を疾走するスポーツカー、大型トレーラーとの白熱の銃撃戦、濃艶な女とのラブ・シーンなどと“007”顔負けの面白さ、スリルとスピード、サスペンスがふんだんに盛り込まれた超大作」とある。まさに空前の007ブームを意識した和製ジェームズ・ボンド映画として宣伝された。
 パリに本拠を持つI .C .P. O.(国際刑事警察機構)の特別捜査官、コードネームX1005号、通称・辺見真介(小林旭)は、日本人でありながら「僕には国籍がない」とボヘミアンを気取っているキザな紳士。バンコックのメナム河畔で、I.C.P.O.のエージェント、ミシェル・アンダーソン(ランソン)と、身元不明の日本人が背中にナイフを刺されて死亡。事件の真相を探るべく、I .C .P .O.は辺見をバンコックへ派遣する。
 出だしからジェームズ・ボンド映画のような雰囲気で、小林旭もフランス語や英語で会話をする。ローカライズされた「渡り鳥」「流れ者」とは違う、粋でダンディなマイトガイが楽しめる。かなりキザなセリフもあるが、それもアキラの魅力になっている。
 日本への飛行機内で、辺見は隣り合わせた国際的ヌード・ダンサー、アンヂェラ(アンヂェラ・浅丘)を口説き、さらには謎めいた美女・山内康子(廣瀬みさ)を口説く。まさにプレイボーイ・スパイの面目躍如である。
 ヒロインをつとめた廣瀬みさは、大映第15期ニューフェース出身で、当時の芸名は小牧洋子。昭和38(1963)年、日本テレビ「ダイヤル110番」第307回「大人たち」(8月4日)では広瀬美沙として出演。その後、日活と契約、昭和42(1967)年まで日活映画でヒロインを務める事になる。小林旭とは『黒い賭博師 悪魔の左手』(1966年1月27日・中平康)、『放浪のうた』(同6月15日・野村孝)、『命しらずのあいつ』(1967年4月8日・松尾昭典)と四度共演している。
 本作では事件の黒幕で、いわゆる犯罪的美女=ファムファタールを演じているが、なかなか魅力的。辺見真介とは敵対しながらも、どこか互いに惹かれ合っている。というムードを出している。特にラストシーンの会話が洒落ているので、ご注目を!
 脚本はベテランの高岩肇。この頃、大映で市川雷蔵主演の「忍びの者」シリーズのメインライターを務めていた。忍者映画ではあるが、この頃のスパイ映画ブームを意識した作りで、荒唐無稽のリアリズムともいうべき、ギミックがあちこち仕掛けられている。共同脚本の宮川一郎は、新東宝の「スーパージャイアンツ」シリーズや、東映の大川橋蔵主演の『黒の盗賊』(1964年・東映・井上梅次)などワンダーな娯楽映画を得意とした。また共同脚本の福田陽一郎は、日本テレビのディレクターでドラマやバラエティなどを手がけていた才人。本作のモダンなテイストは福田によるところが大きい。
 さて本作のコメディ・リリーフを務めているのが、辺見真介が留置場で出会う、ギャンブラーを気取っているスリ、通称・レフトの健を演じた鈴木やすし。中平康の『現代っ子』(1963年)の主演に抜擢され、中平のお気に入りとなった。スマートな辺見と、ドジな健のコンビで、国際偽札偽造団の陰謀を暴いていくのだが、このコンビは「黒い賭博師」シリーズの、氷室浩次(小林旭)と、弟分のチョンボ(野呂圭介)のノリがそのままシフトしている。なので中平は、この翌年、シリーズ第8作『黒い賭博師 悪魔の左手』(1966年1月27日)で鈴木やすしがチョンボを演じることになる。ちなみにヒロインは廣瀬みさ。『野郎に国境はない』チームがそのまま『黒い賭博師 悪魔の左手』に参加している。
 また本作には、写真家の秋山庄太郎と、冨士真奈美がカメオ出演している。女優やタレントを美しく撮ることで定評のあった秋山庄太郎が意外なシーンで、本人役で登場。また冨士真奈美は『黒い賭博師』のヒロインを思わせる謎の美女として出演している。
 ちなみにエンディング、主人公が海外へと飛び立つシーンに、小林旭の歌声がワンフレーズ流れてエンドマークとなる。この歌は『黒い賭博師』の挿入歌「遠い旅」である。中平の遊び心が楽しめる。
 なお、昭和42(1967)年には、中平康が湯樹希(ヤン・スーシー)名義で、香港のショーブラザースでセルフリメイク。『特警零零九』としてアジアで公開された。主人公は唐菁(タン・チン)、ヒロインには杜娟(マーガレット・トゥ・チュアン)。オリジナルの台本をそのまま翻訳して、シーンやショットもオリジナルを踏襲している。ちなみに香港版の撮影を手がけたのが新東宝出身の西本正。まさに「無国籍映画」の面目躍如である。










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