●『俺の背中に陽が当る』
  解説・佐藤利明(娯楽映画研究家)

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【浜田光夫と吉永小百合 異色の日活アクション】



 浜田光夫と吉永小百合。『ガラスの中の少女』(1960年・若杉光夫)で初共演。その後、『太陽は狂ってる』(1961年・舛田利雄)などで共演してきたが、石坂洋次郎原作『草を刈る娘』(1961年・西川克己)の好評もあり、日活は二人のコンビ作を連作した。特に、今村昌平門下の浦山桐郎監督のデビュー作『キューポラのある街』(1962年4月8日)は、日活青春映画としても、浜田&吉永コンビ作としてもエポックメイキングとなる。

 続く、石坂洋次郎原作の明朗青春映画『赤い蕾と白い花』(1962年6月10日・西河克己)は、高校生の爽やかな恋愛をコミカルに演じて、撮影所内試写の好評を受け、宣伝部は二人を「純愛コンビ」として大々的に売り出すことに。石原裕次郎、小林旭、宍戸錠たちが奮闘していたものの、アクション映画の興行に翳りが見えていたこともあり、もう一つの大きな柱として、吉永小百合と浜田光夫コンビによる青春映画を連作してきた。

 日活娯楽映画のアルチザン・中平康監督は、昭和38(1963)年2月10日、浜田光夫のチンピラ・次郎と、吉永小百合の外交官令嬢・真美の純愛を描いた『泥だらけの純情』を手がけ、吉永&浜田の二人にとっても代表作の一つとなった。浜田光夫が演じた次郎は、不良に絡まれていた女子高生・真美(吉永小百合)を助けたことがきっかけで、純真無垢な真美に惹かれていく。吉永の「やめられません?ヤクザ。ヤクザっていけないと思うんです」の名台詞、追い詰められた二人が逃避行の途中で借りたアパートで、次郎が口ずさむ、村田英雄の「王将」の切なさ。ラスト、新潟県・赤倉の雪山で二人が心中するラストは、ハイティーン観客の感涙を誘った。

 『泥だらけの純情』に続いて、浜田光夫は田代みどりとの『サムライの子』(2月24日・若杉光夫)、和泉雅子との『非行少女』(3月17日・浦山桐郎)に連続主演。ナイーブな若者の心情、行き場のない怒りを体現して、その演技力が高い評価を受けていた。そうしたなか、4月7日に封切られたのが、中平康監督、浜田光夫主演の日活アクション『俺の背中に陽が当たる』だった。

<これは貧しいひとりの若者が、恋人の愛情にささえられ、ひたむきの兄弟愛と、燃えあがる正義の憤怒を胸に秘めて、やくざの卑劣な罠に、不屈の挑戦を遂げたヒューマニズム溢れる感動の青春超大作>

 日活撮影所の宣伝部による「日活ぷれす・しーと」の解説文である。この映画のエッセンスを凝縮したもので、一言で言うなら、こういう作品である。<『泥だらけの純情』の鬼才中平康が構想二年、野心的境地をめざして、激しい意欲を燃やしている>とある。それまでの「純愛路線」では、吉永小百合のヒロインの相手役だった浜田光夫だが、本作では堂々の主役。しかも典型的な日活アクションである。というのも、もともと石原裕次郎主演作として、渋谷健の原作を佐原康郎がシナリオ化。製作準備が進められていた。

 ヤクザの兄が刑期を終えて出所してくる。その間、弟=主人公は「ビルの窓拭き」をしながら、兄嫁と甥っ子の生活の面倒を見ていて、兄も堅気になろうとするが、かつての組の連中の陰謀でその兄が殺されてしまい、弟は復讐のためにヤクザとなる。という、裕次郎映画ではお馴染みの「兄の復讐を果たす弟の物語」だった。しかし、主人公が「ビルの窓拭き」をしているのは裕次郎には似合わないと判断されて企画はお蔵入り。そこで進捗著しい浜田光夫作品として仕切り直しされた。それゆえ、浜田光夫作品としては異色の日活アクションとなっている。

 その経緯について、筆者のインタビューで浜田光夫さんがこう話してくれた。「なんたって裕次郎さんの企画が、僕に降りてきたものですから。ところがビルの窓拭きの話なんです。裕次郎さんがビルの窓拭きとは、幾らなんでもおかしいだろうと、僕に回ってきたんです。しかも、周りの絡みの連中が、裕次郎さんといつもやっている、すごい体格の人ばかり。日活アクションでお馴染みの人たちが出ている訳です。当時、日活の中で、僕は一番小柄でした。その浜田光夫が、その人たちをバッタバッタと殴り倒していくんですから(笑)」

 日活アクションらしく主題歌も浜田光夫が歌っている。公開に合わせてテイチクから4月にレコード発売された「俺の背中に陽が当る」(作詞・池田充男 作曲・上村張夫)も裕次郎スタイルとなっている。ちなみに、映画では流れないがレコードのカップリング曲は「俺の心のキューポラに」。

 日活としては、高橋英樹と並ぶアクションスターとして浜田光夫の新機軸を打ち出そうとしていた。機関誌「日活映画」「週刊平凡」誌上で、浜田光夫のニックネームを募集。その結果がプレスシートに記載されている。ニックネームは「フレッシュガイ“浜田君”」。裕次郎の「タフガイ」、小林旭の「マイトガイ」、二谷英明の「ダンプガイ」、高橋英樹の「ナイスガイ」のようなニックネームとして「フレッシュガイ」となった。

 中平康監督は「新しいアクションの時代が来ています。ここに浜田君というスタアが生まれ出たことですし、従来のアクションとは全く異にした新鮮味のある“前向きの異色青春アクション”を描いてみるつもりです」とコメントを寄せている。

 坂本滋(浜田光夫)は、ビルの窓拭きとして、弟分の俊夫(小沢直好、のちに小沢直平)と共に懸命に働いている。そんな滋を支えているのは恋人・朝子(吉永小百合)。明るく朗らかに、滋を励ます朝子。吉永小百合は、いつものように明るい少女を好演している。滋は元山田組の幹部で、刑務所で服役中の兄・坂本健三(内田良平)の妻・幸子(南田洋子)とその息子・康夫(佐藤公明)の暮らしの面倒を見ている。健三は“キスグレの健”の異名をもつ凄腕のやくざで、その出所後、幹部・小谷(山内明)は連れ戻そうとするが、健三は弟・滋の願いを受け入れて堅気になる決意をする。

 ちなみに“キスグレ”とは、隠語で「酒=キス」「与太者=グレ」で酒に溺れて身を持ち崩すという意味。高倉健のヒット曲「網走番外地」の歌詞に「キスグレて〜」というフレーズがある。

 その出所祝いで、滋、幸子、朝子たちがささやかな宴を開くのが、さくら鍋の店「勇亭」。牛肉より安価で庶民的な馬肉屋が、つましく生きる主人公たちにとっての贅沢である。
健三は滋たちの務める共栄掃除社でビルの窓拭きとなる。日活アクションの悪役でおなじみの内田良平が、浜田光夫と一緒に懸命に働くシーンは、日活青春映画のテイストでもあるが、その日々は長くは続かない。兄弟が担当したビルで盗難事件の疑いで、クビになってしまう。たちまち生活費に困った健三、そこへ小谷から「拳銃の撃ち方を、子分に教えて欲しい」と強要されが、その標的の影に、縛られた山田組の組長(安部徹)がいて、結果的に健三は殺人犯に仕立てられてしまう。

 小谷は組長の山田を健三に殺させて、自分がボスに収まるのが目的だった。滋、朝子、幸子たちと映画館で楽しいひと時を過ごした健三が息子の目の前で、警察に逮捕されるが、そこに小谷の子分で学生ヤクザ・透(平田重四郎)が現れて、健三を刺殺してしまう。都電を効果的に使った、このシーンの演出がショッキングである。名手・高村倉太郎のキャメラが、走る都電に逃げ込もうとする健三にしがみついてナイフを突き立てる透、それを引き剥がそうとする刑事たちと捉える。アルフレッド・ヒッチコック監督を信望する中平康の緊迫感溢れる名場面となった。

 これが前段となり、滋は兄の無罪を証明して、その復讐を果たすために、小谷の盃を受ける。「やめられません?ヤクザ」と、『泥だらけの純情』で言われた浜田光夫だったが、ここでは中盤に、ヤクザになってしまう。それを嘆き、怒り、悲しむ吉永小百合。映画はここから典型的な日活アクションの世界となっていく。

 ベテラン・山内明が演じる悪役・小谷はかなりの悪党。「義理や人情で動くような世の中じゃねぇ」と親分を平気で裏切り、殺してしまう。裕次郎映画として企画されたものなので、悪役たちも一筋縄ではいかない。小谷の子分の幹部・青嶋に小高雄二、黒木に深江章喜。小谷の陰謀で殺されてしまう組長・山田に安部徹。さらにコメディ・リリーフとして、ボスたちの行状に眉を顰めている、子分・英ちゃん(榎兵衛)と芳っちゃん(野呂圭介)の二人組が登場。殺伐とした復讐劇に、不思議な笑いのアクセントとなっている。

 吉永小百合の父・兼吉に浜村純、母・つやに三崎千恵子。また大東トルコのオーナー・白木役で劇団民藝の下條正巳が出演しているので、のちの「男はつらいよ」シリーズのおいちゃんとおばちゃんが、同一シーンはないが共演している。また三崎千恵子の夫で、ムーランルージュ新宿座の座長だった宮阪将嘉が、刑事役で出演。こうしたバイプレイヤーたちの演技を味わうのも娯楽映画の楽しみである。

 初の給料日の夜、さくら肉の店「勇亭」に滋たちが集まる。隣で宴会をしている連中が畠山みどりの「恋は神代の昔から」を歌っていると、健三たちが村田英夫の「人生劇場」を大声で歌う。この頃の流行歌がどんな風に親しまれていたか、印象的なシーンである。

 青春路線が続いてきた浜田光夫にとっては、初の日活アクション。それまでは気の強い同級生に吉永小百合だった。浜田は「どちらかというと、それまではピッチャーが小百合ちゃんで、僕がキャッチャーという関係が多かった。この映画に限っては、僕がピッチャーで彼女がキャッチャーの役割でした」と当時を回想して話してくれた。

 中平康は、本作に続いて日本テレビの人気ドラマの映画化『現代っ子』(7月8日)を手がけることとなる。










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