『こおろぎ』 DVD発売記念

青山真治監督インタビュー

取材・文/吉田伊知郎(映画評論家)twitter-bird-white-on-blue-150x150.png



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※本インタビューは『こおろぎ』セルDVD特典ブックレット掲載の内容を一部抜粋したものです。


――『こおろぎ』(2006年)は劇場未公開ということもあって資料の少ない作品です。どういった経緯で撮ることになったんでしょうか。
青山 2001年の暮に『私立探偵 濱マイク』(『名前のない森』)を作ったときのプロデューサーの1人がパグポイント・ジャパンという事務所の――つまり(鈴木)京香さんが当時いた事務所の社長の畠中基博さんだったんです。濱マイクのシナリオを書けと言われて、ずっと一緒にやってるプロデューサーの仙頭武則とともに作ったのが『名前のない森』(2002年)です。永瀬(正敏)くんと京香ちゃんの共演で、そこを皮切りにシリーズを撮っていく段取りだったんですよ。それがきっかけで畠中さんと仲良くなったんですが、なんと家がすぐ近所で(笑)。飲みがてら「こんなのどうだ」なんて話をしていくうちに、映画を1本撮ろうという企画になっていったわけです。

――畠中プロデューサーは、『こおろぎ』では原案としてもクレジットされています。
青山 ほぼ原作に即しているつもりです。この話そのものが、畠中さんがご夫婦で南仏だったと思うんですけど、旅行に出かけられたときに、こういうカップルに出くわしたらしいんですよね。「どう考えても釣り合いの取れない若い奥さんと爺さんのカップルがいたんだよ」と僕に言うわけですよ。フーンと聞いてたら、「何とかなんないかな?」って(笑)。それだけで何とかなるわけじゃなし、でも、それだけで何とかしてみるのも面白いよなあっていう話をしていたんですよ。それから1、2年は、ことあるごとに会っては「あの話だけどさあ」「やりましょうよ」って話をしていましたね。

――脚本が岩松了さんというのも意外な組み合わせです。
青山 当時、岩松さんがパグポイントに在籍していらっしゃったので、畠中さんから「岩松に書かせるけど?」と言われて、それは願ったり叶ったりだと。僕も岩松さんの芝居は大好きだったので。それまでにも何度か会って、お話をうかがったりしていたこともあって、ぜひお願いしますということで、この話ができていきました。

――脚本とは別に、青山監督が脚色としてクレジットされていましたが?
青山 用意された予算に収まらなくて、やむなく僕が手を入れることになったんです。

――山崎努さんが盲目の男を演じています。青山監督とは初顔合わせですね。
青山 爺さんの役を誰にするかっていう話はずっとしていたんですが、それはプロデューサーが決めてくださいと言っているうちに、畠中さんから「山崎努さんはどうだ?」と言われて、それも願ったり叶ったりです、と(笑)。畠中さんはトヨエツ(豊川悦司)さんと山崎さんが卓球してるビールのCMにも関わっていたはずです。それで山崎さんとも何かやりましょうというようなことを言ってたらしいんですね。その流れもあって山崎さんでということになったんだと思います。

――山崎さんは周到に準備して、脚本に書かれている以上に役をふくらませる方ですね。
青山 それこそが役者の醍醐味だろうし、映画作りの醍醐味だと思いますよ。だから、このときも「青山、ちょっと来い」と仰るわけですよ。それでこの役について延々語って「こういうことなんだけどな」と。それで「分かりました。じゃあ、ちょっと時間ください」と僕が手を入れたホンを見せると、「じゃあ、もっとこうしたらどうだ?」とまた始まるわけです。そのとき例え話として後に山崎さんが『モリのいる場所』(2018年)で演じた画家の熊谷守一の話も出ました。だから『こおろぎ』と『モリのいる場所』の山崎さんはどこか似ている部分がある気がします。

(中略)

――続いて港から山道へと山崎さんと京香さんが歩くシーンとなりますが、遠くで銃声が聞こえて2人が同時に音のする方を見ると、画面下から蝶が現れて山崎さんの体を螺旋状に旋回して飛び立つという素晴らしいショットがあります。あれは狙って撮れるものですか?
青山 まさか! 1テイク目で撮れた偶然です。あまりにも偶然すぎるから、一応別のものも撮っておこうと撮らせてもらったんですが、あのテイクには敵わない(笑)。きっと山崎さんを歓迎してくれたんだと思います。

――主役2人の表情が見事に捉えられた撮影はスタンダードサイズしかあり得ないと思わせますが、別荘に舞台が移ると室内外に素晴らしい光が射し込みます。
青山 良かったですね。わりと僕は自然光には恵まれる監督だと思っているんですが、DVDの予告篇を観ながら、このときの光はことさら良かったなあと改めて思いながら観ていました。

――京香さんが眠る寝室に射し込む光も惚れ惚れさせますが、一方で山崎さんが書斎の椅子に座っていると不可思議な光に包まれるショットはライティングされたものですね。
青山 このときの照明は中村裕樹ですね。何かやっていましたよ。毎晩ああでもない、こうでもない、こんな風にしたいとかと呑みながら議論し続けているので、いろいろ出てくるんですよね。

この続きは2020年1月8日発売のDVDに封入されているブックレットでご確認ください。